「あー、すっかり遅くなっちゃったなー」
店を出て、ウーンと伸びをした。
アルコールで少しだけ上気した頭にひんやりとした夜風が当たり、気持ちいい。
「今日はご馳走様でした。 とっても楽しかったわ」
「どういたしまして。 よかったらまた付き合ってよ」
「フフ、楽しみにしてるね」
花のような笑みを浮かべ、 「先生またねー」 と、サクラが立ち去ろうとしていた。
「あ、ちょっと待ってて。 送ってくから・・・」
慌てて腕を捕らえる。
――― もう少しだけ一緒にいても、いいでしょ。
そのまま強引にサクラの家のほうに向かおうとした。
が、直ぐに、 「そっちじゃないの」 と止められた。
「そっちじゃないって?」
「えーと・・・、実は最近家を出たの・・・」
「へっ?」
「だから、一人でアパート借りて住んでるの。 エヘへ、念願の一人暮らし!」
「・・・・・・」
「・・・カカシ先生?」
「・・・なんでまた」
「なんでって・・・。 その方がいろいろ便利だから」
五代目の都合で、修行時間が早朝だったり深夜だったりとあまりにも不規則で、家族に迷惑がかかるからだそうだが。
「かえって危ないでしょー! 女の子の一人暮らしなんて!」
「大丈夫よ。 ちゃんとドアに結界も張っているし・・・」
「・・・あのなー。 サクラの張った結界なんて、その気になればすぐに破れるぞー!?
お前がどんなに複雑に印を結んだところで、俺位の上忍には手に取るように解っちまうんだ!
いくら結界張ってたって危ないものは危ないんだよ! どうして解んないのかなあ・・・」
思わず、大声を出して睨み付けていたらしい。サクラが蒼白した顔で恐る恐る尋ねてきた。
「あの・・・先生・・・。 ひょっとして、心配してくれてる、の・・・?」
「当然でしょーが! 悪いオオカミが襲ってきたらどーすんのよ!」
「ゴ、ゴメンナサイ・・・」
「大体、そういう大事なコトどうして俺に相談してくれないのかなぁ・・・」
「相談って・・・先生、長期任務でずっと里にいなかったじゃない・・・」
「手紙に書いてくれりゃいいでしょーよ!」
「・・・手紙が届くまでにどれだけかかるか、先生も解かるでしょう?」
「じゃぁ、伝書鳥飛ばせ」
「あれは、公用で火影様の承認が必要です。 プライベートなんかに使ったら大目玉よ」
「・・・何としても、俺に教えない気だな?」
「・・・もう、論点がずれてるよ、先生・・・。 だいたい、先生に連絡するにも、どこにいるか判んないじゃないの・・・」
「五代目に教えてもらえばいいだろ? 俺のこと、何だって喋ってるんだから」
「そんな事したら、いい笑い者だわ! それでなくても笑われてるのに・・・」
「・・・いい笑い者? ふーん、そうなんだ・・・」
「ナ、ナンデモアリマセン・・・写輪眼シマッテクダサイ・・・」
「とにかく! 一人暮らししてるなんて、他の男どもの前で、絶対喋るなよ!」
「ハイ・・・・・・」
「それとなー。 今後、そういう大事なコト決める時は、ちゃんと前もって俺の許可を取ること!」
「ェ・・・・・・?」
「許可なしでまたこんな事してみろ。 二度と一人で外歩かせないからな!」
「・・・センセイ、そんなに飲んだっけ・・・?」
「・・・なんか言ったか?」
「イッテマセン・・・」
「で、解ったの!? 解んないの!? どっち!?」
「ワカリマシタ・・・」
「ったく、もう・・・。 ホラ、帰るぞ!」
サクラが困惑しきっているのが、よく判る。
自分でも理不尽な怒りだと、判ってる。
でも、どうしても止めらなかった。
自分の与り知らぬところで、どんどん大人になっていくサクラが許せない。
結局、不機嫌顔を隠そうともせずに、ずっと黙ったまま歩いた。
もうすぐ、サクラの借りているアパートが見えてくる。
サクラは途方にくれた顔で、時折何か口にしそうになるが、結局黙ったまま俯いている。
その姿が、あまりにも儚げで、悲しそうで ―――
なんだか物凄い意地悪をしている気分になってきた。
(別に、苛めてるつもりはないんだけどさー・・・)
「フゥー・・・」
ふと、昔、任務中カカシに叱られてしょげ返っているサクラのことを思い出した。
――― 大きな目に涙を一杯溜めて、小さな肩を震わせて、それでも一生懸命泣くのを我慢してたっけな・・・。
自分としてはちゃんと正論を唱えていたのだが、その姿に物凄く罪悪感を感じたんだった。
今の気分はそれどころではない。
躊躇いがちにクシャクシャと頭を撫でてみた。昔みたいに。
「・・・少し、言い過ぎた。・・・ゴメンな」
「―――!」
パッと輝いた顔は、やっぱり涙で濡れていて。
それでもサクラは嬉しそうにカカシの腕にしがみついてきた。
「エヘへ」
嬉そうに額や頬をすり寄せてくる。
それはまるで愛しい人の感触を存分に味わっているようで。
それはそれはとても幸せそうに見えた。
サワッ・・・
――― 何だか、不思議な感情に囚われた。
思わず、スッと反対側の手を伸ばし、頬に残る涙の後をそっと拭き取る。
微笑みながらカカシを見上げる大きな目は、キラキラとまるで本物のエメラルドのように光り輝いていて、
「・・・あ・・・・・・」
いつの間にかその瞳に吸い寄せられ、小さな唇にそっと触れていた。
「――― ・・・・・・」
互いを感じあった僅かな時間。でも、永遠にも思えるほどで。
真っ直ぐに繋がった視線は何よりも雄弁に、互いの心の熱を伝えあっている気がした。
やがて ―――
フウーっと溜息にも似た笑みを一つ零し、カカシはサクラをすっぽりと包み込んだ。
「・・・鍵、しっかりかけて・・・早く寝るんだぞ」
「うん・・・解った・・・」
「オヤスミ・・・」
「・・・オヤスミナサイ・・・」
サクラの手がおずおずと背中にまわされ、ギュッとしがみついてくる。
(参ったなー・・・・・・)
こんな仕草一つ一つが、初々しくてたまらなく愛しい。
“恋”なんて青臭いモノは、とうの昔に捨て去ったと思っていたのに。
(でも、間違いない。 俺はサクラのことが、好きだ・・・)